2010年2月25日木曜日

理論汚染された存在だからこそ

 「研究者は理論汚染された存在です」

 オントロジカル・ゲリマンダリングの議論でよく示される議論です。

 だからこそ、その汚染に注意深くならなければなりません。つまり自分が依拠している立ち位置は何か、そしてそこから物事を見ることに孕む問題は何かについて考えることが必要となってきます。

 自身が述べたいことに対し、当てはまりの良い諸理論や考えを持ちこみ、その上で語ることは、その対象の実践から乖離することにもつながっていきます。それに対する疑問や懸念から、90年代前後から社会学などでpractice turnという言葉が生じてきています。

 もちろん、理論汚染されたものの見方を全て取り外すことなどできません。そのため、研究者は汚染されているのを理解しつつ記述することが必要となります(ちなみにこれを厳密に行うと研究者は何も書けなくなります)。

 ですが、「成功の秘密?」でも書きましたが、最近、周りを見ていると上記のことについて無批判/無関心な表現が多いなと感じることがあります。

 社会や経済や経営などに貢献することという前提がある領域ほど、その傾向があるのでしょうか。

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